「Himmelszelt」瑞沢晴香 様からの頂きもの


The best medicine






 戦争が終わって、それで終わりだというのならば、きっと楽だっただろう。

 だが現実は違う。



「――で、あるからして、ザラ元議長閣下、ならびにジュール女史、以下急進派4名と、急進派よりであったホワイト氏にはそれ相応の――……」



 毎日のように繰り返される、戦争において引き金を常に弾き続けた者たちへの弾劾。
 同時にやらねばならない、戦争の事後処理。
 ある意味では、戦争をしているよりも遥かに難しく、また厄介な問題が山積みなのである。
 しかも、だ。



「しかし、イザーク・ジュールが評議会の一員に名を連ねるのはいかがなものかと」
「確かに。それを言うならアスラン・ザラにもそれは言えることだ」
「お二方、それは早計すぎはしまいか?確かに彼らの親はやりすぎではあった節がある。しかし彼らはあの戦闘時、自らの意思によってザフト軍も地球軍も関係なく戦っていた。その行動も汲むべきだろう」



 これも毎日のように繰り返される言葉だ。



 もとより、分かっていた。
 急進派の母に影響されているということもあるが、ただナチュラルを見下していたがために、その行動に腹が立って軍に入った。
 今は違うと言っても、過去の行動は、おいそれと消せるものではない。
 その母親は、現在自宅にて軟禁されているといっても過言ではない。
 外に出る時には必ず監視の目があるし、プラントに住む市民の目も冷めたものだ。
 そうなれば、自然と篭りがちになる。
 一言で言ってしまえば、戦争犯罪者。
 大元であったパトリック・ザラが今はもう亡き者になっていることで、余計に母には非難の目が向いていた。
 無理も無い。
 国民を煽った一人でもあるのだから。



 それでも、あの戦争の中で見たもの、聞いたもの。
 そして何よりそれを受けて自分で考えたこと。
 それを生かし、二度と愚かな行為をしないためにも、一番相応しく、そして近い場所は評議会だった。
だから、空いた席に何とか座った。



 だが、それでも。






「ふう……」

 自分でも初めて聞くような、重苦しいため息が零れた。
 それと同時に、苦笑が漏れた。
 ギィと軋むイスの音が、今は酷く耳障りだ。
 分かっていたはずだ、非難の声と、冷ややかな視線。
 簡単に自分が評議会の一員であることが認められないこと。
 望む未来があっても、まずはこの現状を何とかしなければいけないこと。
 問題は常に山積みであると。
 けれど。

「…こうも毎日毎日続けられると、さすがに参るな」

 言ってから気付いた。
 そういえばこんな弱気な言葉を吐くのも初めてじゃないだろうか?
 いつも気に食わなかったアスランにつっかかったり、余裕を見せていたり。
 恐怖や悲しみなんかよりも怒りが勝っていたから、常に思うが侭に進んでいた。
 そもそも、迷いなんかも全部吹き飛ばしていたような気がする。

「…まずいな」

 気付いてしまってから、どうにも思考があまり良くない方向に進み始めた気がする。
 本当なら気分転換に行きたいところだが、まだ今日の仕事は残っている。
 頭痛がしてくるような頭を軽く振ると、俺はまた送られてきたデータに目を通し始めた。



コンコン


 まだ5分くらいしか経っていないのに、急に扉がノックされた。

「…入れ」

 邪魔されるのはいい気分じゃないが、無視するわけにもいかない。

「おいおい、機嫌悪いな」
「…ディアッカ、何の用だ」

 入ってきたのは、一度は死んだかもしれないと思った男だった。
 軽い調子なのは相変わらずで、そういえば真剣な表情を見たのは銃を向けた、あの時だけだったような気がする。
 それはともかく、今の状態でディアッカが来るのはハッキリいってストレスが溜まるだけで。

「おお、怖っ。――ってそんな目すんなって。用事があるのは俺じゃなくて、お前に客だぜ」
「…客?」

 評議会の建物に、アポなしで自分の下に来る人間が果たしていただろうか?
しかも、普通なら終業時刻を越えている。

「そ、客。俺は案内したからな、帰るぞ」
「…おい」

 声を掛けるが、ディアッカは無視してさっさと部屋を出て行ってしまった。
 その態度にさらに不機嫌になる自分を認識しながら、扉の外にある気配に声を掛けた。

「…入ってきてかまわない。何の用事だ?」

 そう声を掛けてやったら、少し戸惑うような気配が伝わった。
 それでもそこにいてもどうしようもないと思ったのだろう、その気配の持ち主は、そっと足を踏み入れてきた。
 そして、その人物をみて、驚いた。

「―――キラっ!?」
「イザーク…ごめんね、突然」

 すまなそうに謝るのは、現在ディアッカの家に居候しながらプラントと地球間の橋渡し的存在として働いているキラ・ヤマト――俺の、恋人だった。



 恋人になった段階で、本当なら自分の家に住まわせたかった。
 しかし、母が現在おかれている状況と、自分が置かれている状況を見れば、それは叶わなかった。
 それはアスランの家にしてみてもそうで、ラクス嬢の家に至っては、人が住める状況ではない。
 プラントにとっても地球にとっても、現在無くてはならない人物となっているキラが一番安全に、かつ過ごしやすい場所となると、共に戦ったこともあるディアッカの家が一番だった、というわけで、プラントに滞在する時はいつもディアッカの家だ。
 地球に降りたときには、アスハの家に世話になっているらしいが。



 とはいえ、恋人が目の前に現れれば、ささくれ立っていた精神も、自然と落ち着きを取り戻してきていた。

「キラ、どうしたんだ?いつ、こっちに?」
「ん。用事があったわけじゃないんだけど―…ただ、さっきプラントに到着して、ディアッカの家に行ったら、ディアッカがイザークが変だ、って言うから」

 気になっちゃって、と続けるキラ。
 余計なことを、とディアッカに悪態をつくが、それでも今キラに会えたことは思ってもみなかったことで、むしろ嬉しくて、先ほどの悪態を撤回して少しディアッカに感謝した。

「そうか、変、ではないと思うが。ああ、いつまでも立っていないで、座ったらどうだ?さっき着いたなら、疲れてるだろう?今コーヒーをいれる」

 キラに座るように勧めると、俺は腰を上げた。
 ついさっきまで疲れていたのに、キラの顔を見た途端、疲れが飛んでしまったようにすら感じる。
 自然と零れる笑みを自覚しながら、設置されているコーヒーメイカーに水を注いだ。
 すると、突然後ろから抱きつかれた。

「キラ?」

 後ろの気配が座ってないことは分かっていたが、まさか抱きつかれるとは思ってなかった。
 俺は後ろを振り向くが、キラはピタリとくっついていて、しかも俺よりも低い身長なので、その顔はみえず、ただ茶色の髪がかろうじて見えるだけだ。

「キラ、どうかしたのか?」

 問うが、返事は無い。
 触れているのは正直嬉しいから、このままでもいいのだが場所が場所である。
 目の前ではコポコポと音をたてて抽出された液体が落ちていて、俺の手にはマグカップも握られている。
 とりあえず手に持ったものだけ机に置くと、腹の位置に重ねられているキラの手に、自分の手を重ねた。
 ――相変わらず、俺より少し体温が高い。
 子供の体温だな、と言ったら怒られた事がある。
 けれどこの温度が、なによりも心地よいと感じる。
 何も言わず、キラの体温を感じて、水音を聞いているとようやくキラの腕の力が緩んだ。
 その瞬間を逃さず、俺は身体を反転させてキラの身体を抱きこんだ。
 まだ、キラは顔をあげてくれない。

「…どうしたんだ?いきなり」
「…イザーク、何で休まないの?」

 もう一度かけた言葉に返されたものに、驚いた。

「休んでいるぞ?」
「嘘。だって疲れた顔してる」
「それは…まあ、やることが多いからな」
「多くても、休む時間くらいとってよ」
「だから、とっているぞ?」

 嘘じゃない。
 確かに働いている時間は多いが、睡眠もしっかりとっている。
 以前のように文献を読む時間は無くなってしまったが、生活のリズムもそれほど崩れてはいない。

「僕が言いたいのは、そういうんじゃなくて」
「…じゃあ、どういうのだ?」

 まだ顔をあげてくれないキラに少し焦れて、首に手を這わせ、少し撫でるとそのまま頬に手を添わせた。
 俺が望むことが分かったのか、キラはゆっくりと顔を上げた。
 久しぶりに間近にみるキラの顔は、俺を安心させた。

「…そりゃ、身体が休まるのはもちろんのことだけどさ、イザーク、ずっと張り詰めたままでしょ?」
「―それは…」
「イザークは変なところで真面目だから、息抜きなんてしてないんでしょ、どうせ。気分転換くらいしないと、身体が健康でも倒れるよ?」

 キラの瞳に浮かぶのは、俺を心配する光。

「寝てるときまでプラントのこと考えてるんじゃないの?考えるな、なんて言わないけど、たまには好きなこととかやらないと―…イザーク?」

 キラの言葉を遮るように、キラの首筋に顔を埋めた。
 微かに感じる、甘い香。
 布越しに感じる体温。
 もっとキラを感じたくて、目を閉じた。

「イザーク?」

 キラは、不思議そうな声で俺の名を呼んで、少し俺に抱きつく腕に力を込めた。

「…休憩を、取れというのなら…そうだな。もっと俺に会いに来てくれ」
「え?」
「通信だけじゃなくて、仕事だけじゃなくて、個人的に」

 キラがいるだけで、こんなにも落ち着ける自分がいる。



俺が今、ここにこうしているのはほとんどキラのおかげなんだと思うときがある。
 戦争で生き残ってこれたのも、キラのおかげなのだと思う。
 始めにあったのは憎しみと復讐心だけだったが、それがあったからこそ生き残れたのだと思う。
 自惚れていた、過信していた自分の力を戒めさせてくれた。
 敵、だったが、アスランが討ったと知った時は嬉しかったが――残ったのは虚しさだった。
 そして、本当は生きていたのだと知って―…最後までその顔を見ることはなかったが、その精神に何度と無く触れた。
 ようやくその顔を見ることができて、言葉を重ねて。
 身体だけじゃなくてココロに触れるたびに、どんどん惹かれて行った。
 プラントのためを思うのも、自分の故郷であることももちろんあるが、何よりももうキラを悲しませたくないから。



「忙しいのは分かっているが――もっと、会いに来てくれ」
「…うん。僕もね、イザークといると、元気が出るから」

 本当はもうちょっと後に来る予定だったけど、予定を早めて来たのだと、キラは恥ずかしそうに笑った。

「なんていうか、イザークの補給に来た感じ?」

 もう一度俺の胸に顔を埋めて、そう言った。

「――だったら、遠慮せずに、もっと来い」

 ゴタゴタが続くプラントから出ることは、今はまだ叶わないから、キラが会いに来てくれるしか、今のところ方法はない。
 同時に、地球から出られる人間も限られている状態だが。
 きっともう直ぐ改善される。それまでは。

「俺にも、もっとキラを補給させてくれ」

 そういったら、驚いたように顔をあげたから。

「――んっ」

 折角だからもっと補給しようと、唇を合わせた。



 できることなら毎日傍に居たいが、それは無理だから。
 せめて、今だけは。





END

「Himmelszelt」瑞沢晴香 様のサイト1周年感謝企画小説で、ずうずうしくもリクエストさせていただき、太っ腹にも、お持ち帰りを許可していただいたお話です。
「ほのぼの甘々系で、キラがイザークにせまって、もしくはイザークがキラに癒される」などという、わけワカメなリクエストにこんな素晴らしい小説を書いて下さいました。
 ボケかまして、更新されていたのに、ずっと気付かず、首を長くして待っていた結城が、このお話に気付いた時は、そりゃもう、パソコンの前でうろうろと、不審者のごとく狼狽してしまったのは、記憶の彼方に消してしまいたい思い出となってしまいました。
 でも、「こんな素敵なお話をゲット出来る幸運を手に入れられるなんて、ナイス自分!!」と誉めまくってやりたいです。

 このお話で、一番癒されたのは結城自身でしょう!
 瑞沢晴香 様、本当に素敵なお話、ありがとうございました。m(_ _)m




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