どうしても手に入れたいと切望するものがあった。

 けれど、望みは叶わない・・・





 2人の心だけがすれ違っていく・・・・・・。





キズ











「メールが来てる。誰からだろう? あっ、アスランからだ!」

 キラが自分の私物として持ってきたものは、ごくわずかなものだった。
 その中で、この使い慣れたコンパクトパソコンは、本ばかり読んでいるイザークに相手にしてもらえないキラにとって、唯一の気晴らしだ。
 時たまメールが届いて、キラを喜ばせる。

 久しぶりに開いた画面には、メール着信のお知らせがあり、リストにアスランの名前を見つけたキラは、つい、嬉しくて大きな声をあげてしまった。

 しかし、たまたますぐ近くにきていたイザークがその声を聞きつけてしまたのはタイミングが悪かったとしか言えない。





 キラが嬉しそうにメールを開けようとした時、イザークはコンパクトパソコンの横のテーブルを大きな音を立てて叩いたのだ。

 その音にビックリして、飛び上がるとキラはイザークを見上げた。

「・・・イザーク?」
「すいぶん、嬉しそうだな」

 表情豊かなイザークだが、いまのイザークには表情がない。
 それはどれだけイザークの機嫌が悪いか、知らしめるものでもあった。

「普通だと、思うけど・・・」

 不機嫌なイザークに、そうキラが返した時、キラのコンパクトパソコンが吹っ飛んでいった。

 イザークが振り払ったのだ。

「ひどいよ、イザーク! 壊れちゃたかもしれないじゃないか!」

 イザークに抗議して、コンパクトパソコンを取りに行こうと立ち上がったキラを、イザークは容赦なくテーブルに押し付け、あそこに手を伸ばし、キラが身動き出来なくする。

 あとは甘い疼きがキラを支配していった・・・・・・。















 キラがふと目を覚ますと、横にいるはずのイザークの姿が見えない。

 哀しい気持ちを押し殺して、キラは疲労でだるい体を起こす。

 シャツを上にかけられていただけの姿だったので、キラはのろのろとした動作で、何とか着替える。

 やっと、着替え終わった時、キラは何か鳴き声がする事に気付いた。





 あたりを見回し、ゆっくりと声のする方へと歩いていく。

 そして、程なく少し歩いた木の下で、鳴いている小鳥を見つけるのだった。

 羽は生えそろい、バタバタと羽をばたつかせてはいるが、まだ飛べないらしい。

「・・・上から落ちちゃったのかな?」

 上を見上げれば、かなり上の方に巣らしきものが見える。

 キラは、鳴いている小鳥と木を見比べ、小鳥を自分のシャツのフードに入れると、木に足をかけた。
 落ちてしまった小鳥を巣に戻すつもりなのだ。

「いい子にしてて、すぐに兄弟のところに戻してあげるからね」

 優しい言葉を時折、フードの中にいる小鳥にかけながら、キラは木を昇っていく。
 このあたりで一番大きい木だったが、運動神経の悪くないキラは、巣のある枝まで、すぐに行く事が出来た。

 キラは巣のある枝に手をかけ、その下の枝に足を置いて、フードの中にいた小鳥を出すと、ゆっくりと小鳥を驚かせないように巣に戻してやる。

 しかし、それで安心してしまったために、つい緊張を解いてしまい、疲労で疲れていた体に力が入らず、キラは木の枝から足を滑らせてしまったのだ。





 まず、下にあった枝に左肩を打ちつけ、次の枝では、右脇を打ち付けた。





 その時に、自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、すぐに、その声がイザークのものだと気付いたが、キラは落ちていく高さを考え、何とか枝を掴もうと手を伸ばすことに必死だった。

 しかし、いつもとは違う体のおかげで力が入らず、何度も枝を掴みそこない、体のあちらこちらを枝にぶつけて落ちていく。

 最後に地面に背中をしたたかに打ちつけ、キラはうめき声を上げることが出来ないほど息を詰まらせた。

 あっちこっちにぶつかった枝のおかげで、落ちて死ぬことはなかったが、キラは打ち付けた痛みに、ぐったりとして動く事すらままならない状況だったのだ。





「キラッ!!」





 悲壮な表情で、自分のもとにやてくるイザークに心配をさせたくなくて、何とか微笑もうとしたが、それすらうまくいかず、キラは息も絶え絶えで意識を保っているのが精一杯だった。

 イザークに助け起こされた時には、何とか微笑む事だけは出来たが、すぐに意識を手放してしまったのだった・・・・・。















 次にキラが目を開けた時、すぐ側にイザークがいた。

「・・・イザーク?」
「大丈夫か?」
「ごめん・・・」
「なぜ謝る?」

 病院のベットではなく、別荘の見慣れた部屋のベットに寝かされているが、体のあちらこちらに包帯の感触を感じ、治療してもらえたのだという事がわかった。

 謝ったのは、たぶん自分が、しばらくは動けないとわかっていたからだ。





 ここにキラが来たのは、イザークの世話をする為で、イザークに自分の世話をさせる為ではない。

 ふがいない自分が情けなくて、キラはイザークに謝る事しか出来なかった。

「・・・ごめんね」
「だから、なぜ謝る!」

 少し怒ったふうのイザークに、キラは何度でも謝る。

「僕、イザークの世話はしばらく出来ないけど、早く元気になるように頑張るから、誰か他の人を代わりに呼ばないで・・・」
「馬鹿を言うな。いくら俺でも、怪我してるお前にそこまで求めたりはしない」

 償いすら出来ないと思っているのだと勘違いしたイザークは、むっとした表情で、キラの身を少し起こしてやる。

「違うんだっ! 僕以外の誰かが、イザークのそばにいるなんて嫌なんだ」
「キラ?」

 少し目を見張り、イザークは自分の腕を掴んで俯いているキラを見つめる。

「イザークが僕を嫌いなのはわかってる・・・」
「・・・嫌ってなんかない」
「嘘だ」

 少し体を震わせ、辛そうに話すキラに、イザークは体の力を抜く。

「嘘じゃない。・・・その逆だ」
「え!?」

 観念したイザークは素直に自分の気持ちを言葉に乗せ、その言葉に反応したキラの顔が上げられた。
 びっくりして見開かれた大きな紫水晶の瞳がイザークを見つめる。

「俺が一度でもそう言ったことがあったか?」
「ないけど・・・・・・」
「・・・自分の気持ちを正直に言ったこともなかったけどな」

 少し自虐的に笑うと、イザークは掴まれていたキラの手を外し、ベットに腰掛けた。

「最初お前に会いたいと思ったのは、この傷を恨んで会いたかったわけじゃない。本当に、ただの興味からだった。だが、お前と初めて会った時、お前は俺の大切なものを奪った」
「大切なもの?」
「そうだ。大切なのは自分の身だけという・・・・自由な心だ」










 欲しくて切望したキラの心。

 自分だけを愛していた時には、他人なんて関係なかった。





 でも、キラに全てを奪われた時、自分の命よりもキラの命の方が大事になったのだ。

 そして、いとおしいという気持ちが、自分の心を縛り付ける。





 相手の心が欲しいと渇望する心に苦しみ、相手をも傷つけた。










 しかし、キラが木から落ちていくのを見たイザークは、キラを失う恐怖を知ったのだ。

 それは、どんな欲望をも凌駕する。





 ただ、いま望む事は、キラの幸せ。










 愛だけがすべてだった・・・・・・。















「全てを奪われたのは、僕だって同じだよ。僕だって、イザークを初めて見た時に恋をしてた!!」
「キラ・・・」

 キラはイザークにすがりつくように叫ぶ。

 興奮し出したキラを心配したイザークは、キラの傷に障りないうように優しく抱きしめ、想いをこめたキスをし、またキラも想いをこめてキスを返した。

 すべてを奪われたのは2人とも同じ。





 傷は、2人が会う為の、運命のきっかけ。

 出会うべく2人は、運命に導かれるまま出会い、恋に落ちて、お互いを望んだ。





 そして、想いの通じ合った2人は、いつまでも想いを確かめあうのだった・・・・・・。















END

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※シチュリク作品。
「白キラと黒イザの話が読みたいです! 戦後の話で、お互いに惹かれあいながらもイザークは好きだからこそ自分につけられた傷でキラを縛ろうとし、キラはイザークが自分を縛るのは傷をつけたことに対する復讐だと思っている。そんな二人が本当の恋人同士になるお話が読みたいです!」

 とのことだったので、張り切ってダークに書きました。(2004/02/04)