お約束 |
※このお話は「味見」の続き設定です。 |
最近、進藤と仲のいい人達から意味深な視線を感じる。 なぜそんな視線を感じるのか判らなかったある日だった。 僕は棋院で芦原さんに呼び止められ、一緒に途中まで帰ろうと誘われたのは・・・・・・。 「芦原さんが一緒に帰ろうだなんて珍しいね。今日は彼女とデートじゃないの?」 「あー、う〜ん、一応デートなんだけどさー、ちょっとアキラに確認しておきたいことがあると言うか・・・・・・」 「確認? 何かあったの?」 珍しく言いにくそうな芦原さんの様子に訝しさを感じ、先を促す。 「あのさ、アキラって彼女作らないの?」 「え? 急に何を聞くのかと思えば・・・・、今は碁の事で色々と忙しいし、彼女って欲しいからってすぐに出来るものじゃないからね」 「でも、女の子に興味はあるんだよね?」 「・・・・・・芦原さん、いったい何が言いたいの?」 何か含みのあるような言葉に、僕は少しイラついた。 そんなことを確認して何がしたいのだろうか? もしかして彼女を作れとかの話なんだろうか? それとも、女の子の紹介とか、告白の橋渡しならお断りだ。 「今日、棋院で冴木君から聞いたんだけど、アキラ・・・・・・進藤君と付き合ってるの?」 「なっ! なぜ僕が進藤と? いったいどっからそんな話が出るんですか!?」 「だって進藤君がアキラとキスしたって話を聞いたからさ・・・・・・・」 確かに進藤とキスはした。 進藤がキスの味に対し、しつこいほどの関心を持って、うるさかったので、冗談のつもりで提案したのだが、進藤に冗談は通じなかった。 はたまた僕の冗談は通じにくかったのかもしれないが、とにかく結果として2人でキスして確認することになってしまったのだ。 そのことを進藤が人に話したと知って、僕は恥ずかしさと怒りで体温が上昇していくのを止められなかった。 そんな僕の様子を見ていた芦原さんが「本当だったんだぁ・・・」とショックの色を滲ませて呟いている芦原さんに、慌てて否定する。 「付き合ってなんていません!」 「え? そうなの? じゃあ、進藤君がアキラとキスしたって話は嘘だったんだぁ〜」 「あの・・・・いえ、それは嘘じゃないけど・・・・」 「へ?」 確かにキスをしたのは本当だったので、それは否定出来ない。 言いにくそうにしている僕を、芦原さんはぽかんとした顔で見ている。 「えっとー・・・・、アキラ、進藤君とキスしたんだ」 「・・・・・・まあ、僕も関心がありましたし、進藤は僕なら抵抗がないって言うものだから・・・・・。あ、でも、最初は冗談のつもりだったんだけど、なんだか結局進藤に冗談って言えるような状況じゃなくなっちゃって・・・・」 つい、言い訳がましい言葉を呟くように話してしまう。 でも嘘も言えないし、これが芦原さんじゃなければ適当に上手くあしらうことが出来たかもしれないが、小さい時から親しくしていた芦原さんだからこそ、上手く立ち回ることが出来なかった。 「アキラは・・・・・・」 「はい?」 「アキラは進藤君とキスして、抵抗なかったわけ?」 「え?」 考えたこともなかったことを芦原さんに聞かれ、僕の頭の中は一瞬あの時のことを思い出していた。 投げやりな気分でキスしたものの、進藤とキスは嫌悪感などは一切感じなかった。 それどころか、確かにキスは少し気持ちが良いものかもしれないと思ったぐらいだ。 例えば、今目の前にいる芦原さんがキスしようと言われたら、僕は即座に拒否するだろう。 芦原さんとキスする想像をしたら、思いっきり鳥肌がたった。 だめだ。 気持ちが悪くて、とてもそんなことは出来ない! じゃあ、市川さんならどうだろうか? そう想像してみたが、芦原さんのように鳥肌も立たなかったし、気持ち悪くもならなかったが、キスする想像も出来なかった。 なぜだろうか? 「・・・・・・進藤なら」 それ以上の言葉はいらなかった。 芦原さんは少し困った表情を浮かべ、笑っている。 「アキラと進藤君の2人の間には、何か2人を繋ぐようなものを感じる時があるんだ。赤い糸とか、そんなクサイものでなく、人と人とが特別な運命で繋がれている絆のようなもの・・・・・・かな? それをたぶん進藤君とアキラの近くにいる人は感じているんだと思う」 「・・・・・・・・・」 「だから、話を聞いても気持ち悪いとか、そういった感情は一切湧かなかったよ。でもね、アキラ。2人に近い人達以外の人にはきっと拒絶される。それを忘れてはいけない。・・・・・・進藤君にもそれだけは教えた方がいいかもね?」 確かに、僕を見る視線には意味深なものだったが、そこにマイナスの感情を感じることはなかった。 だから僕はまさか進藤がそんなことを人に話していただなんて思わなかったんだ。 「進藤にはよく言って聞かせておきます・・・・」 「そうだね。・・・・今、2人の間にどんな感情があるのか僕には判らないけど、僕にとって進藤君は、アキラの大切なライバルだよ」 「芦原さん・・・・」 嘘偽りのない芦原さんの笑顔。 僕はほんの少し優しい気持ちになる。 「あっ! あれ、塔矢じゃん! おーい、塔矢ぁー!」 タイミング良く、後ろから進藤の声が聞こえた。 振り向くと、進藤は和谷君と伊角さんと一緒にいて、僕に向かって大きく手を振っている。 「あはは・・・・噂をすればなんとやら・・・・だね。アキラ」 芦原さんも進藤に気付いて、また笑った。 手を振って嬉しそうな進藤に、一緒にいた2人は少し困ったような顔で僕を見ている。 今でならわかる。 意味深な視線の意味を・・・・。 みんな僕達を心配していたのだ。 「芦原さん」 「ん? 何?」 「僕は碁と、進藤にだけ興味があるみたいです。きっとそれは進藤も一緒で、未来はどうなるのかわからないけれど、今はまだそれだけです」 「そっか・・・・」 「はい」 未来はどうなるのかわからないけれど、とりあえず僕は今、進藤に説教をしなければならないことは判っている。 「これから芦原さんと何処か行くのか?」 和谷君達一緒に芦原さんに挨拶をしてから進藤はすぐに聞いてきた。 「いや、途中まで一緒に帰ろうってことになったんだ。進藤もこれから予定がないなら、僕の家で打たないか?」 「いいぜ。おーし、おとといの屈辱戦だ!」 左腕を上に曲げて、僕の誘いにあっさりと乗ってくる。 「それと君に注意したいこともあるしね」 「げっ! 注意って、なんだよー」 「その話は後でいいよ。じゃあ、行くかい?」 「OK。じゃあ、和谷、伊角さん、芦原さん、じゃーなー!」 いつもと変わらない進藤、そして意味深な視線。 もう、視線の意味がわかっている僕は、大丈夫だという気持ちを込めて2人視線を返す。 2人の間にある特別な絆・・・・か。 確かに、僕もそういった何かを進藤に感じたことがある。 友人でもあり。 ライバルでもあり。 一番自分に近い存在でありながら、自分の対極に位置する存在。 不思議な2人の関係。 でも、お互いがお互いを必要としあい、お互いを切磋琢磨に磨きあう。 それだけは未来からの決められた約束なのだ。 変わることのない約束ごと・・・・・・・・・。
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