味 見





 最近の進藤の関心は『キスの味』についてだ。

 院生の頃からの友人である和谷君が、恋人とキスしたことを進藤に話したらしい。
 その時に『キス』の味は甘くて、柔らかくて、とても気持ち良かったと話していたところへ、同じ門下生である冴木さんが横から会話に入ってきて、そんなことは気のせいだと言う話になり、『キスの味』について論争が起きたと言うのだ。

 もちろん、キスしたことのない進藤がそれに参加出来るはずもなく、好奇心だけが刺激されてきただけだった。
 よって、進藤は『キスの味』がどんな味か知りたがって、最近の話題はそんな事ばかりだ。

「そんなに知りたいなら、僕としてみるか?」

 こんな言葉が出たのは、いいかげんこの会話に飽きてしまったせいでもあった。
 ちょっとした冗談と、うるさい進藤への嫌味も兼ねた言葉だったのだが、僕の言葉に進藤はすぐに振り向いたのだ。

 ちょっと待て、なぜそんなに嬉しそうに振り向く?
 それに「いいのか?」なんて、なぜ聞くんだ?
 僕も君も同じ男性同士だぞ?
 君は男の僕とキスして気持ち悪いとか思わないのか?

 疑問を口に出して聞いてみれば、進藤はあっけらかんとした表情で、「塔矢なら大丈夫!」と意味のわからない返事を返してきた。
 どう大丈夫なのかと聞けば、「俺、面食いだし」とまったく理由になっていない返事を返してくるありさまだ。

 彼との会話はいつもこうかみ合わない。
 いつも彼の言葉は僕の理解出来る範囲を斜め上に飛び出していく。
 まったく予想出来ないのだ。

 そんな進藤といえば、嬉しそうに僕の目の前に立って、目を輝かせて待っている。

「ここがどこだか判っているのか?」
「ここ? 塔矢ンちの碁会所の前の道路だろ?」
「君はこんな往来のど真ん中で僕とキスするつもりなのかっ!」
「別に悪いことしてるわけじゃないんだからいいじゃん!」

 確かに、犯罪を犯しているわけではない。
 しかし同性同士では、世間一般的には犯罪なみに冷たい目で見られる行為だ。

「しょうがねぇなぁ〜、んじゃぁお前ンち! ちょうどもっと打ちたいしさ」

 そう言って勝手にこの後の予定を決める君に「ふざけるなっ!」と怒鳴りつけてやりたいのはやまやまだが、確かに僕も打ち足りなのでそれは黙って了承する。
 
 しかし、男の僕とキスして、果たして甘くて、柔らかくて、とても気持ち良くなれるのだろうか?
 はなはだ疑問だ。

 たぶん和谷君が甘いと言ったのは、何か甘いものを食べたあとだったからかもしれない。
 柔らかかったのは、男とは根本的に作りが違う柔らかな体を持つ女性だからだ。
 気持ちが良かったのは、好きな女の子としたからそう感じたのだろう。

 家に着いてからそんな話をしても進藤は「キスはキスじゃん」の一言で流してくれた。

 もう僕はもう勝手にしてくれと、投げやりの気分のまま、キスの味見をするべく進藤と唇を合わせた・・・・・・。










END

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