お互いの間にぎこちないものを感じながら、キラとイザークは以前のようにうまくやっていこうとしてはいた。
しかし、イザークはキラの悩みの原因に自分が関わっているのではないかという疑念を持ちはじめていたし、キラもキラで、自分の気持ちを抑えようとして逆に苦しんでしまい、それが時々態度に出てしまうこともあり、そんな自分の態度に、イザークがどう感じているのかとおびえてしまっていたのだ。
そんな2人がどんなに努力しようとも、以前のような関係に戻るはずもなく、イザークはイライラとし、キラは内に篭っていった・・・・・・。
お互いの間に流れるぎこちなさの原因を追求すれば、今の関係すら危うくなると感じていた2人は、あえてそのことに触れるのを避けていたのだが、それでは事態が良くなることはない。
お互いがお互いの態度に、気持ちが限界を感じ始めていた時、とうとうどうにもならないことが起きた。
遅くまで明日のテスト走行の打ち合わせをしていたイザークが、休む為にやっと自分の部屋へ入ろうとしていた時のことだった。
「イザ〜ク〜」
「キラッ!?」
いきなり後ろからキラに抱きつかれて驚きつつも、イザークはすぐにキラから微かに匂うアルコールに気付いた。
「まさか、飲んでいるのか?」
背中にしがみついているキラに首だけ向けて、そう問うと、キラは楽しそうに笑う。
「ううん、ジュースだけ〜」
明るく、子供のように答えるキラの様子に、イザークは眉間に縦線を作った。
本人の認識はともかく、どう見ても酒を飲んでいることは確実である。
プラントでは成人が早い為、自分もかなり前から飲んでいたが、キラの手前、イザークやディアッカなどはお酒を飲むのを控えていたのだ。
どうせ、そそっかしいキラの事だ。
誰かのお酒を自分のジュースと勘違いして飲んだにちがいないと予想する。
「キラ・・・」
「ん〜」
どう見てもお酒に飲まれているキラを、いったいどうやって背中から引き剥がすべきか・・・・・・・と悩むイザーク。
「今日はもう遅い、部屋に戻れ」
「んん〜、これからイザークの部屋に遊びに行く〜」
「馬鹿を言うな! お前は明日休みだろうが、俺は仕事だっ!」
「行く〜」
まったくもって酔っ払いには何を言っても無駄である。
イザークは米神を抑えて、殴りつけたい衝動を堪えた。
相手は、くどいようだが、酔っ払いなのである。
しかも、本人はジュースを飲んだと思っているし・・・・・・。
ちょうど後ろの通路を曲がって来たマードックが、イザークにしがみついているキラを見つけ、安心したような表情をした。
それでイザークは、お酒を飲んで、ふらふらと出てきてしまったキラをマードックが探しにきたのだろうとイザークはあたりをつける。
「探し物はこれですか?」
「あ〜わりぃ、ちょうどいいからよー、そのままキラを連れて行ってくれんか? 俺よー、他のヤツも面倒みなきゃならなくてよ、じゃ、たのむわ!」
「ちょ、ちょっと待て!」
慌てて引き止めるが間に合わず、そそくさと姿を消したマードックに向かって舌打ちし、イザークはキラを背中にくっつかせたまま、キラの部屋へと歩き出すしかなかった。
「おい、カードキーを出せ」
「嫌だっ! イザークの部屋に行く!」
「俺は明日仕事だ!」
「やだぁー!!」
キラ部屋の前で、鍵を何度か催促するものの、キラは頑として鍵を出すことはなく、ひたすらイザークの背中にしがみつき、イザークの部屋に行きたがった。
もはや、子供のごね方である。
さすがのイザークもこのやりとりで疲れ果て、もう、怒る気力すらない。
1つため息を落とすと、『ちょっとだけだからな』と言って、背中にキラを張り付かせたまま、自分の部屋へと戻るしかなかった。
自分とディアッカの部屋に入り、さらに、その中の自分の部屋にキラを張り付かせたまま入った。
「ほら、ご希望の俺の部屋だ。連れてきてやったんだから、お前はベットに横になれ」
「うん!」
イザークの部屋にこれたのが嬉しいのか、キラは素直にイザークのベットに入る。
とりあえずキラを寝かさないと、自分が寝られないのだ。
男2人、一緒に寝るのは狭いが、この際文句は言っていられない。
自分は明日も仕事なのである。
しかも、テストパイロットという職業上、寝不足から体が動かないのは困るのだ。
案の定、イザークが着替えている間、キラはすぐに寝入ってしまった。
イザークは寝巻きに着替えると、キラを横にずらし、その横に自分の身を滑り込ませる。
狭くて寝にくいが、それはキラが正常に戻った時に、たっぷりと文句を言ってやることにし、イザークは目を閉じるのだった・・・・・・。
ふと、唇に暖かな感触を感じ、イザークは目を開けてみると、すぐ目の前に瞳を閉じたキラの顔が見えた。
そして、顔を上げたキラと視線が合う。
「あっ!」
「・・・何をしている」
寝起きで少し低い声に、キラは顔を真っ赤にして体を振るわせ、体を起こしてイザークから離れた。
「あ、あの・・・」
言いよどんでいるキラをそのままに、イザークは上半身を起こして、時計を確認する。
いつもの起床の時間より、少し早い時間だった。
「ご、ごめん、イザーク! 僕、あの・・・・・・」
真っ赤な顔をして、一生懸命言葉を続けようとするキラに、イザークは困惑する。
「お前、そっちの趣味があったのか?」
「ち、違う! 僕はノーマルだよ。・・・って、えっと、今はそうなるのかもしれないけど・・・、でも、イザークだけだし・・・」
キラ自身気付いてないようだが、完全に本人を目の前に告白しているキラに、イザークは目を細めた。
「・・・ラクス・クラインはどうなる?」
「ラクス? あ、ラスクとは、アスランとカガリが僕達に気を使わないようにって、お互い話し合って、そういう事にしているだけで、お互い恋愛感情はないんだ」
確かに、アスランはラクスと婚約していたし、カガリと一緒にいるのには2人とも気まずいだろう。
それこそ、2人は、キラとラクスが恋人同士だと思って安心している面がある。
それは今、キラが言った通り,2人を思っての嘘だと言うことは信じられた。
しかし、だからと言って、なぜ、キラの恋愛感情が自分に向けられるのかが、イザークにはわからなかった。
「お前は、俺のどこを見て好きだと言うんだ。・・・・・・俺がこんななりをしてるからか?」
「え? なり?」
今のイザークは戦争の和解後から、ずっと髪をのばしていたので結構長い。
それが女っぽく見えるのかといえば、イザークには当てはまらないだろう。
どこから見ても、成人男性だ。
あとイザークが他に思い当たるのは、フレイのことだった。
フレイとキラの話は、ここにいればおのずと耳に入る話だし、イザーク自身、キラ本人からも話を聞いていたのだ。
「俺がこの髪を切れば目が覚めるのか? それとも、フレイってあの女にひどい目にあったから女は懲りたってことか?」
「!」
だが、さすがにイザークもフレイの話を出すべきではなかったと、キラの様子を見てすぐに後悔した。
イザークの言葉に、相当ショックを受けたキラは、震える手をゆっくりと背中に隠しながら、もともと灰色みかかった紫の瞳の色を濃くしてイザークを見つめる。
キラは嬉しい時や楽しいと感じた時には明るい色に瞳の色を変化させ、逆に哀しい時や苦しい時は濃く変化させるのだ。
「キラ・・・」
イザークが謝罪の言葉を出す前に、キラはベットから降りる。
あまりにも哀しく、切ないようなやり切れない表情でイザークを見つめるキラに、イザークは言葉を紡ぐことが出来なくなってしまう。
「確かに、僕はイザークの髪が好きだよ。でも、フレイのせいで、女の人が嫌いになったってことはない!
僕が・・・、僕が女の子が嫌いになったからって同性が好きになるような人間だとイザークは思っていたの!?
僕がイザークを好きになったのは・・・、イザークの瞳の色とか、真面目な所とか、短気な所とか、はっきり物事を言うところとか、潔い所とか、すぐにムキになる所とか、向上心が高いところとか、好きな所がいっぱいあるからだよ! 性別の枠を超えて、人間としてイザークがとても魅力的だと思うからっ! だから好きになったんだよっ!!」
それだけ言うと、キラは身をひるがえした。
「キラッ!」
部屋を出て行こうとするのを止めようとキラを呼んだが、それで止められるはずがない。
それぐらいイザークにもわかってはいた。
キラを深く傷つけてしまったことを感じ、あとに残されたイザークは苦しそうな表情で、自分の髪をくしゃくしゃにし、ベットへと倒れ込む。
2人の間にある問題が、どんなことなのか知ったイザークは、強く自分の身をベットに押し付けるのだった・・・・・・。
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