どうしても手に入れたいと切望するものがあった。

 けれど、望みは叶わない・・・





 罪を償う振りをして、側にいることを喜ぶ自分を知っていてなお、望んでしまう醜さに苦しみながら・・・・・・。





キズ











「イザーク」
「・・・なんだ?」

 名前を呼んでも、かえってくるのはそっけない返事。

 本から視線すら上げて見てもらえない事に、キラは落胆してしまう。

 けれど、イザークの為に、イザーク好みにいれた紅茶が湯気を立てているし、キラもまた、少しでもイザークにかまって欲しかった。

「お茶をいれたんだけど、イザークも飲む?」
「いらん」
「そう・・・」

 冷たく拒否されて悲しかったが、邪魔になってこれ以上嫌われるのが嫌で、キラはイザークの為に用意した紅茶を、飲みたくなった時のためにと、邪魔にならない程度の場所に、そっと置く。

 違う場所で何か気のまぎれる事でも探そうと、キラが背を向けた時、イザークに名前を呼ばれたのだ。





 たった2つの音からなる自分の名前。





 それさえイザークに呼ばれると、特別な音となり、キラを喜ばせた。

 何か用でも言いつけてくれるのかと、嬉しそうに振り返ったキラの腕をイザークが掴み、急に引き寄せられてバランスを崩したキラは、なすがままにイザークの胸の中に倒れ、口付けられる。

「んんっ・・・」

 深く激しいキスにキラがうめきをもらす。

 甘いキスにキラが翻弄されていると、そのまま下の芝の上に押し倒された。

 イザークが自分を求めている・・・・・・。

 イザークが欲求不満になったとしても、ここには自分とイザークの2人しかいない。
 それでも、求められることがキラに甘い疼きを沸き立たせた。















 ディアッカから、デュエルのパイロットが興味心から自分に会いたがっていると聞かされた時は、色々と複雑な感情が湧きあがったものだったが、戦争はもう終わったのだと自分に言い聞かせ、会う事にした。

 イザークと会う日まで、ディアッカがしつこく付き添いを申し出ていたが、キラは2人だけで会いたいという申し出を尊重し、断って、あの日出かけたのだ。





 見事な銀の髪と、アイスブルーの瞳という珍しい組み合わせだから、すぐに見れば判るとディアッカから聞いていたし、実際、どんな遠くからでもイザークの姿はわかった。

 声がかけられるまで近くに近づくと、イザークの丹精な横顔の美しさにキラの足が止まった。

 コーディネーターは遺伝子操作から容姿のいい者が多いが、キラはイザークほど美しい者を見たことがなく、あの時、まるで、時がイザークの周りだけ止まってしまったかのように、キラには感じられた。

 キラに気づいたイザークの視線が自分の方へ向き、鋭利なアイスブルーの瞳と視線がぶつかった時に、キラは何故かイザークに憎まれていると感じたのだ。





 そして、それは杞憂でも何でもなく、名前を名乗ったキラの腕を掴み、痛むほどねじ上げられ、次の瞬間、秀麗な美貌がキラの顔のすぐ近くまで近づけられた。

「やっと会えたな、ストライクのパイロット!! この傷をお前につけられてから、俺はずっとお前に会いたかったんだぞ!」
「!」

 横から見た時は気付かなかったが、言われる前に、美しい顔に斜めに走る傷跡にはキラも気付いていた。

 その傷を、自分が付けたと、憎んでいる表情で告げられ、キラの心は軋むほどの痛みに悲鳴をあげる。

「俺がこの傷跡を消さずに残していたのは、お前への復讐の為だった。まさか戦争が終わってしまうとは思わなかったからなっ!」
「痛っ・・・」
「痛いか? 俺がこの傷を追った時はもっと痛かったぞ」

 秀麗な顔が憎悪に染まった表情になったとしても、イザークの美しさに変化はない。

 キラは痛みの中、そんなことを考えている自分に驚いてもいた。

「俺の気が済むまで、償いをお前に求める権利があるはずだ。違うか? ストライクのパイロット!」

 名前を名乗ったにも関わらず、イザークはキラのことを『ストライクのパイロット』と呼ぶ。
 それがキラを切なくさせる。

「・・・何を・・・すれば?」
「俺はこれからしばらく、身を隠す。母が評議会のメンバーだったのでな。俺自身も面倒に巻き込まれかねない。少し世間が静かになるまで、辺鄙な別荘にでも行くつもりだ。・・・お前は、そこに一緒に行って、しばらく俺の身の回りの世話をしろ」
「・・・・・・」

 言われた事はそんな難しいことでもなかった。

 しかし、イザークでなければキラは拒否しただろう。
 拒否しなかったのは、キラ自身が、イザークの側にいたいと思ったからだ。

 イザークの条件に頷きつつ、キラは自分が叶わぬ恋をしてしまった事に気付き、涙を零すことしか出来なかった・・・・・。















 辺鄙な場所にあるイザークの別荘にキラもついて行く事を知った周りは、キラがイザークに無理やり強制されて連れて行かれるのではないかと心配された。

 しかし、キラはかたくなにそれを否定し、一部の人間。
 心配しているアスランとラクス、そして、イザークと会わせたディアッカにだけは、自分がイザークを好きになってしまってついて行きたいのだと話した。

 もちろん、その気持ちはイザークには内緒の上でだ。





 叶わぬ恋でもいい。
 憎まれていても、キラはイザークの側にいたかった・・・・・・。

 イザークと一緒に住むようになって、イザークの事を知れば知るほど、想う気持ちが深くなり、キラを悩ますいまでも、キラは自分の選択を後悔する事は無かった。















「イザーク、起きて・・・」





 夕焼けが照りつける時間、キラは疲れて寝ているイザークを、そっと優しく声をかけて起こす。

 こんな外で寝ていては風邪を引いてしまうからだ。

 しかし、イザークは1度寝てしまうとなかなか起きる事がなく、キラは震える手でそっとイザークの美しい銀の髪をかき上げた。





「イザーク・・・ねえ、起きて、イザーク・・・」





 鋭いアイスブルーの美しい瞳は閉じられ、美し過ぎるイザークは、キラの心を切なく締め付けるだけだ。





「イザーク・・・ねえ、僕・・・切なくて胸が苦しいんだ・・・。どうしてかな?」





 問いかける相手は目を覚ます事はない。





「ねえ、イザーク・・・」





 キラは何度もイザークを呼びながら、涙をぽとりと流す。





 夕焼けが、イザークの銀の髪さえも赤く染めている。










 切なさだけが、キラの罪の証だった・・・・・・。
















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